| なぜ、あられやさん? |
| 西村さんのお商売はいつごろから始められたんですか? |
うちの場合は米から作ってということですから、農業のほうは、それこそ、いつからかというと定かではないけれども、かきもちのほうを作り始めたのは昭和40年からです。
うちのおやじ(美成=よしなりさん)の代からということなんで。
で、米を作っていて、なんで「あられや」なのかということですが、私のおじいさんが、食管法以前、戦前のことですが、この辺の地域(旧志賀町北浜)で取れたお米を京都へ持っていって売った。
ここで取ってここで売るよりも京都のほうが物価的に高かったから。
あるとき、たまたま米を持っていった先が、あられやさんへ持っていってくれということで、それを何年か続けていたら、農家は一町歩の田の米を作って、売って1年暮らしていたけれども、あられやさんは一町歩のお米を使わずにゆっくりと暮らしていた。
「あれはええな」ということになった(笑い)。
今でしたら、1反10俵とかいう計算が出来るかと思いますが、一町歩100俵作っていたのが、あられやさんなら何分の1で1年楽に生活できるという発想なんですよ。
で、それで得たお金は全部株につぎ込んでいて、16(歳)から85(歳)になるまでずっと株をやっていた。
収入を全部株につぎこんで、儲かったらそれで田んぼを買って、それで収穫した米を売って、それでまた株を買っていた。
いま3町歩ありますが、そのおじいさんの先々代は体が少し弱くて、ここで農家は一度途切れているんです。
その体が弱かった代わりに、この北浜の在所中歩いて、村の中全部の地図を作って、今だにそれは生きているんです。広げると8畳の間3つ埋まる位。
それを一生かかって書いた。そのときはもうお金をなくなって、田んぼを売ってお金に換えて生活したということで、少なくなった田んぼで次の代のおじいさんはお米を作って株を買って売り抜けていったんです。 |
| そのご先祖は、地図をボランティアで作らはったということですね。 |
そうですね。その地図はいまだに自治会長の人が持ち回りで持っていて、何か争いとかになったら出てくる。
水利とか全部書いてある。山林も田んぼも全部書いてある。
いまだに生きています。自分は体が弱い、自分はそれしかできないということでそれをしたんです。 |
| 北浜全部を?偉業ですね。・・・NPOや(笑い)。 |
そやけど銭ないですよ(笑い)。
おじいさんはそれでは(生きて)いけないということで、その反動で株やったりしたんですね。 |
| けど、工夫されたんですね。ここで売らないで京都で売るという才覚があって。株の話も世間を歩いているうちに色々聞いて、研究されたんでしょうね。 |
| うちは川上 |
| こちらでは、地域的にあられづくりが盛んだったということがあるんですか? |
いやそんなことはありません。普通どこの農家でもしてることと同じで、どこでもお正月にはおもちをついて、その乾いたのを薄く切って焼いて食べる、その延長でして。
普通火鉢で5枚ほど焼くのを、1枚の網で20枚とか30枚とか焼けるやりかたでやったということです。 |
| 自分のところのお米でないといけないという理由は、なにかありますか? |
特別な理由はないです。たとえば普通の家庭で今晩のおかず何にしようというときに、冷蔵庫開けて中のものを見て、決めますわね。
うちの場合は開けたらお米があったということで、特別なことは何もないですわ。
何であられやて、そこにお米があるからということなんです。
今よう言わはる「こだわり」、なぜ、米にこだわっていると言われるけれども、
こだわっているわけではない。
皆さんが言われるこだわりというのは、川下から川上へあがっていくようなことを言われる。
うちは米が上流だから、それが自然の流れで何のこだわりでもない。
当たり前のことやってるのがこだわりと言われる。 |
| 逆にこだわりと言われると、とまどわはるかもしれませんね。 |
| もともと農家ですから、あった米でやってるということです。 |
| そうしたら、中に入れられる大豆とかもありますね。 |
| ええ、減反で作ってます。 |
| お醤油はどうですか? |
いろんなお醤油を試させてもらってます。
高い醤油は醤油としてはおいしいかもしれないけれども、相性というものがあります。
かきもちが負けるということもある。
品質が一定しているという意味では、台所にあるお醤油をベースにして、調味料も台所にあるものを使うから、特別業務用ということではありません。
ただベースはそうですけれども、濃口は愛知県の知多半島の小さな醸造所みたいなところで作られたものと混ぜてうちの醤油にしてます。
どういう風に作ってはるか、自分が作れないものは、自分で確かめに行きます。
桜海老でも静岡の網元まで行って見て、これをくださいということで入れてもらいます。
そうでないとどこでどういう風に作られているかわからないですから。 |
| 販路の開拓とかもされたんですか? |
今お取引させてもらっているところは、こちらから名刺を持っていってお願いしますといったところは一軒もないです。
おやじはそういう形から始めたらしいので、販路を開拓するのには苦労があったと聞いています。
ある時ある百貨店さんから食品担当のバイヤーさんが来られて、うちに納めてもらえないかという話で、販路を百貨店一本にしました。
昭和50年頃です。それからそこで商品を買ってもらう中で、商売しておられる方から声がかかるということ、人と人とのつながりを基礎にして、広がっていったということです。だから自分から名刺を持っていったというところはないわけですわ。販路拡大しようという(意図的な)意識は全然ないんです。 |
| 食べ物にこだわりを持つ人も多いですけれども、西村さんは自然にこだわりなくやってきたのがみんなにはこだわりに見えてるということですね。 |
| そうですね。 |
| 広めるより深める |
このごろ、食べることについてのこだわりが結構ブームになっていますし、それがブームではなくて、ある程度定着してますよね。
それに対応して、生産量の増加とか取引先の増加とか当然考えられる話ですよね?どう思います?
ここにこだわって作ってはる限りは決まっていますよね。 |
| 量とかね。それをどうやって多くの人に広めるかというのが僕の役目ですわ。 |
| もう一回田んぼを買うとか? |
販売店はピラミッドの上やと思うんですよ。底辺は百姓やと。
これを広げたら上も高くなると思いますが、広げるのは大変です。
確かに広げないといけないかもしれませんが、そうすると積み上げていくのがおろそかになる。低いピラミッドにしかならへんから、それやったら今のままでやって、より多くのお客さんに喜んでもらう違う方法が何かないか、考えてみなあかんかなあと思います。
100%いうても、今バランスがいいというても、まだ農業のほうがいくらか重いくらいですから、商売のほうをもう少しがんばらんとあかんかなあと思っています。 |
| でもここに田があって、水がある限りここにいてはって、それが自然な暮らしやから、変える必要もないということですね。 |
| 引越しする必要もないし。ただ、品物を作って売るだけが能やないし、作るのを体験してもらうとか、農業はこうしてやっているということを知ってもらう何かを考えられるのではないかと思っています。 |
| それは先ほど西村さんがおっしゃった、どう作ってはるか見に行く、確かめに行くという感覚ね。それと同じやと思いますね。 |
| そうですね。 |
私らの世代が最後やろね。
おばあちゃんが火鉢で(かきもちを)あぶって、というのを見てるから。それをカンカンに入れて。
その下の世代は火鉢を知らないし。かきもちという言葉さえもないわね。 |
材料はわかっていても、どうやって作ってるのか知らないと思うんですよ。
ですから、広めるよりも深めるほうがいいのかなと思うんですよ。 |
| もち発祥の地で |
| これは受け売りですが、あるケーキ屋さんの社長さんから聞いたお話ですが、昔と同じ味というけど、昔の味を知らない世代になっているんですよね。 |
| それは「(消費生活)アドバイザー」の立場から言うと、20代後半と30代の母親が昔の味を知らないからです。団塊の世代の親が伝えてないからです。私たちがわからないから子供たちが判らないのは当然なんです。 |
それでもしないよりは(何か)したほうがいいんではないかな。
その子にとっても不幸だし。声がかかればやってみようという思いがあります。
来てもらいたいなとか。体験してもらいたいとか。実際作業をしてもらうのは難しいですが。 |
| 杵(きね)を知らないし、蒸篭(せいろ)も知らないし。 |
これから伝えていかなければならない立場になってきたのかなと思います。
食文化はやはり途切れていますかあ。親子一緒に教育しなければいけないかなと思っています。 |
| そうですね。 |
この向こうには小野神社というのがありますが、あそこはおもちの神社でもあって、毎年春と秋の大祭には全国のおもちやさんとかお菓子屋さんがこられる。
そういうところにいてもおもちの味がわからなくなるというのはいやだなと思います。 |
| へぇ〜。おもちの神さんなんですか。 |
お社が二つありましてね。日本で初めておもちをついたという神さんです。
多分大陸から持ってこられたんでしょうね。お米と一緒に。
ここが発祥の地だというんですが、そこでおもちの味がわからんというのは残念だと思います。 |
| 志賀町は流入人口が多いので、小学生のお母さんたちとか、学習会を始められたりするのもひとつの方法かもしれません。 |
大阪にお米を送ったりして、この味を探してたと喜んでくださるのもうれしいですが、それよりも地元で広めたいと思います。
まず、わかる世代から攻めていって、足元から段々とと思っています。
ここで取れたものをここで食べてもらうのが最高やと思うしね。 |
育まれて、それが育っていったところで広まるというのが一番いいですね。
お商売が順調に広まったということは、やり方が間違っていないということだと思いますよ。 |
| いつでも食べられる、どこでも食べられるということはありがたいですけどね。 |
| なんか食べものの場合は、がーっと広まると、(人間が)消費しつくしてしまいそうでいやですよね。 |
そうですね。お金を稼ぐ欲はないです。
仕事がほしいという欲はありますが。儲ける欲はないです。 |
| どうもありがとうございました。 |